TAK (Takuya Sakamoto)

PHOTOGRAPHER / CYCLIST
Former New York City Bicycle Messenger.

TAK

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TAK doesn't talk much.



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NEW YORK MINUTE
first_day_nym.jpg
先週金曜日の午後2時に訪ねたNEW YORK MINUTE。
オーナーのKID(注ーしばらくしてわかったのですがKIDはオーナーではなく主力ディスパッチャーでした)を待つ事約15分。
PEDALで見慣れたあの顔が現れた。
彼と直接話すのは3回目であったが緊張したのは今回が初めてだ。
握手を交わすなりいきなり
「それで…仕事したいの?」
僕は彼が僕の事を覚えているかを確認したあと、自分のシチュエーションを軽く説明した。
学校と写真を優先しなければ行けない事、アメリカでの教育を全く受けていないこと、未だに英語のコミュニケーションに不安がある事…。
キッドは「エミ(東京の女性メッセンジャー。04年の冬に6ヶ月程NYCでメッセンジャーをしていたすごい方。)知ってるか?エミは全く問題なかったぜ。エミよりお前、話すだろ?」
といって全く問題にしなかった。
話のリズムが前の会社のディスパッチャー、Rocafellaにそっくりだ。
いい感じで波長があってきた!
「で…これの使い方は知っているよな?」
隣の机の若いディスパッチャーから使い込まれたNEXTEL i305をとりあげた。
「これは実際の仕事じゃないから…」
といいながらi305がテキストメッセージを受け取れる事を確認する。
「マニフェストのトレイはここ、レシートはここ、で、お前今日は走れるか?」
?*@*#*$*! こういう業界だってことを忘れていた!
前の日に現像したフィルムをピックしにICPへ行く予定だったけれど”WHY NOT?"と言ってバックを占領している巨大一眼レフを預かってもらう。
「今日のお前の番号は33番だ、俺のNEXTELはこれ。んじゃ、ピックアップ*アンド*コールミー!」
キッドに出会ってからわずか15分で仕事を始めてしまった。
この業界の特徴を生体感。
モウイクッキャナイ!

下りのエレベーターを待つ事もせずに階段を駆け下りてGunPowderGrayのエイメイに飛び乗る。
ノリノリで目的地、367パークアベニューサウスへマジノンストップで到着。
最初のピックアップはなんと、元URBANのクライアントだった。
もしかしてキッド、わざとですか?
見慣れた受付嬢に挨拶をして、今日からNEW YORK MINUTEで働いている事を伝えると、この会社も今年の夏からNEW YORK MINUTEに鞍替えしたとの事。
お互いに不思議な縁を照れ隠しながらキッドに無事ピックアップの無線連絡。
その後はローラーコースター状態で5時半までで14件のラン。
メッセンジャー復帰、最高の初日を迎える事ができました。

キッドが僕を無条件で受け入れてくれたのは何よりも、ケビンさんやエイミー、エミさん、クイン、フレディー、ダニー、レンジャー、レッドをはじめ、NEW YORK MINUTEに在籍するストリートの仲間のおかげ。
この場を借りて本当に、本当に、感謝します。


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BRAND NEW ASPHALT
クレッセント通りをまっすぐ下り、クイーンズボロ橋を渡って28丁目を目指す。
59丁目で街を西に横切る際、レキシントン通りのアスファルトの舗装工事がとっくに終わっていたことに気がついた。
そうだ、レキシントンで行こう。
NYの路面状況は常に最悪なので、スムースに舗装されたアスファルトは非常に貴重品である。
まだ完全に踏みならされていなくて少し弾力すら感じる、だからといって黒いタールがテカテカと光るほど真新しい訳ではなくて、色が濃いグレーから薄いグレーに変わる手前ぐらいの、そんな走り頃のアスファルトだった。
レキシントンをそのまま38丁目まで下り、後は信号の任せるままにパーク通りー5番街をつないで28丁目にたどり着いた。
目指すは28丁目15番地5階。
目標人物はKID。

一昨日の午後にBREAKAWAYを訪ねた。
僕が98年にメッセンジャーを始めたときに所属していた会社だ。
当時Walkerストリートに位置していたBREAKAWAYは全く英語ができなかった僕を雇ってくれた。
そして僕は奇跡的にメッセンジャーの業務をこなすことができた。
それは当時VIPER!と呼ばれていたディスパッチャーのThomasと僕の、本当に気長なコミュニケーションの上に成り立っていた。
例えば1546Broadwayは普通、「フィフティーン*フォーティーシックス*ブロードウエイ」と呼ぶのだけれど、当時の僕は「ワンサウザンド*ファイヴハンドレッド*フォーティーシックス」とか言っちゃって、そんな時トムはテンパッチャって「ワン*ファイヴ*フォー*シックス」とか言い直したりして…。
トラブル発生の際は自分の状況を説明できず、クライアントとトムが直接話すことも稀ではなかった。

トムは他のディスパッチャーが触りたくない仕事を処理するポジションにいた。
「ディスパッチャーが触りたくない仕事」というのはライダーにとっても走りたくない仕事ということで、オーバーサイズや理不尽なメールルーム(ウエイティングタイムがかさむということ)や、その他いろいろな理由で”えー?ちょっと…”と言いたくなるような仕事をライダーに押し付ける、そんなポジションだった。
当然他のライダーからは忌み嫌われる存在で、トムからの無線が入ると速攻電源を切ってしまう人すらいた。
でも僕にとっては僕の意味不明な英語を真剣に聞いてくれる、唯一の人だった。

ただがむしゃらに走り続けて1年過ぎたある日、トムは新しい無線のキーナンバーを僕に与えた。
それはトムから少し離れたところに位置した、トムの実際のルームメイト、Erickのナンバーだった。
訳が分からないままその日からエリックの下で走ることになった。(トラブルの際は相変わらずトムのお世話になるのだけれど)
それからエリックの誘われるままに金曜の夜はSOPHIE'Sで過ごすようになった。
そこでFast EddieやHamさんやMike-DやBronx JhonやSquidやDanny君やTedやCarlosやVictorやSpawnやHoやErickや、他にも名前あげなければ行けない人がたくさん居るけれど、いろいろな人と出会い、そして酒を飲んだ。
SOPHIE'Sで先輩たちは、このリアルゲトーな業界で、ニッポンの温室育ちのドレッドロックが生き残るTipsを、優しく、優しく教えてくれた。
そして道ですれ違うときにはお互いに名前を呼び合う仲になった。

ある日の朝、エリックは「今夜何をしてる?」と訪ねた。
「Nothing…」と答えた僕にエリックは『Why don't you come to the downtown tonight?』と言って、キャナルから少し下った、ブロードウエイ沿いの、多分今はカフェになってしまっている場所の住所をくれた。
その日の夜、僕がそこで目にしたものは、結構広大なストアフロント一杯に集まった自転車と「メッセンジャー」達だった。
Metropolocoである。
そこで日本から来たメッセンジャー達に出会い、マサキが日本人だということを知り、そして自分が「メッセンジャー」というカルチャーの中にいることを知った。
月並みな言い方だけれど本当に背筋がゾクゾクした…。
その後しばらくして初めてのアーレイキャットに参加(確か4th of July)、自分の遅さに失望、コニーアイランドのMermaid paradeのレースでスキッド&トラックスタンドを初目撃して、僕は「FIXED」に乗ることを決意する。
僕のファースト「FIXED」エクスピエリエンスは実はもっと昔にさかのぼるんだけれど、それはまた別の機会に…。

さてさて、BREAKAWAYを訪れた理由は、メッセンジャー仕事にありつく目的だったのだが、今のBREAKAWAYは僕のシチュエーション、「写真活動を続けながらメッセンジャー」を受け入れてくれなかった。
今の僕は月曜日のICPのTA、そして変則的にいただけるフォトアシスタントを優先しなければならない。
ディスパッチャーやフロアマネージャーのAndyは僕のシチュエーションを理解してくれたのだけれど、オーナーのRob cochにとって僕の活動なんかどうでもいいことのようだ。
あの人はそうやって35丁目335番地の9階で引き蘢っていればいい。
雨の日も雪の日も、会社のために走っているライダーの顔も覚えずに無機質なコンピューターのスクリーンを一日中眺めていればいい。
そして一生ライダーの名前を覚えずに、ラストイニシャル+3ケタの番号で管理し続ければいいさ。
きっと人々の心はあなたから離れていくよ。
トムもエリックも、昔の懐かしい面々のほとんどは今のBREAKAWAYにはもういない…。
パートタイムのメッセンジャーは要らないという非常にシンプルな理由なので僕もシンプルにその場を立ち去った。
もう此処に仕事を求めに来ることはないだろう。

そして今日NEW YORK MINUTEの門をたたいた。

-ICPのスチューデントラウンジから。 TAK peace!

9分45秒 "D-76(1:1) 20℃"
人生の転機が訪れました。
International Center Of Photography
ここでTA(Teacher assistant)のポジションをゲットしました。
TAは学校で一定時間無償労働する代わりに、自由に学校設備へのアクセスを許されます。
今までアメリカの教育を全く受けたことのない僕にとって、ICPの環境はあまりにも恵まれています。
先端の写真設備、膨大なライブラリー、そして何よりも一緒に写真を志している生徒、先生達・・・。

通常、TAにはある程度の写真経験が要求されます。
シェルターアイランドの友人の紹介により、写真をゼロから学ぶ身分にもかかわらず貴重なポジションを頂くことが出来ました。
ホントウニアリガトウ.

後は自転車に乗り、そしてただ撮るだけです。

Trexeltown スワップミート 2006秋
トラックセルタウン、行ってきました。
気になったアイテムを一挙公開。
物知りな人達が全員集合なイベントなので本当に勉強になります。
次回は2007年春の予定。

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Vh1 HIP HOP HONOR
34th streetを完全閉鎖して行われた今年のvh1 HIP HOP HONORですが大盛況の中、無事幕を閉じました。
今回僕はRED CARPET CREWとして参加(役割は小道具ー笑)しました。
僕は舞台裏の独特の雰囲気が本当に好きです。
日本でMAIN STREETやAOYAMA NIGHT等、クラブ系イベントに出演していた時のことをふと思い出します。
舞台裏で出会う大物アーティストの方々は驚くほど気さくな人達でしたね。
赤絨毯撤収作業中、MC LYTEさんが"Last walk"よ!といって赤絨毯の上を横切って悠々と帰られたのが印象的でした。


シェルターアイランド ありがとう。
nighit-train.jpg昨日、シェルターアイランドから引き上げました。
9時55分発のLIRで帰りました。

6月から4ヶ月間、いろいろな人と出会いました。
来年また遭う事を約束した人、2度とアメリカに来れない人、恋をした人、人生を完全に棒に振ってしまった人、、。
皆、冬の生活に戻ります。
冬の間は世界中を旅する生活をもう12年も続けているPatouは今年、ニュージーランドに向かいます。
ウエイターの人の多くは、マイアミを拠点にしてハスルします。
NYの人の多くはMERCER HOTELやHOTEL QTで活躍しています。

僕もNYの生活に戻ります。
今、自分が何をするべきか、だんだん明確に見えてきました。
日本のピストブームに迷わされないように、、、。
かっこわるい事だけはしたくないな、と思っています。








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