TAK (Takuya Sakamoto)

PHOTOGRAPHER / CYCLIST
Former New York City Bicycle Messenger.

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クレッセント通りをまっすぐ下り、クイーンズボロ橋を渡って28丁目を目指す。
59丁目で街を西に横切る際、レキシントン通りのアスファルトの舗装工事がとっくに終わっていたことに気がついた。
そうだ、レキシントンで行こう。
NYの路面状況は常に最悪なので、スムースに舗装されたアスファルトは非常に貴重品である。
まだ完全に踏みならされていなくて少し弾力すら感じる、だからといって黒いタールがテカテカと光るほど真新しい訳ではなくて、色が濃いグレーから薄いグレーに変わる手前ぐらいの、そんな走り頃のアスファルトだった。
レキシントンをそのまま38丁目まで下り、後は信号の任せるままにパーク通りー5番街をつないで28丁目にたどり着いた。
目指すは28丁目15番地5階。
目標人物はKID。

一昨日の午後にBREAKAWAYを訪ねた。
僕が98年にメッセンジャーを始めたときに所属していた会社だ。
当時Walkerストリートに位置していたBREAKAWAYは全く英語ができなかった僕を雇ってくれた。
そして僕は奇跡的にメッセンジャーの業務をこなすことができた。
それは当時VIPER!と呼ばれていたディスパッチャーのThomasと僕の、本当に気長なコミュニケーションの上に成り立っていた。
例えば1546Broadwayは普通、「フィフティーン*フォーティーシックス*ブロードウエイ」と呼ぶのだけれど、当時の僕は「ワンサウザンド*ファイヴハンドレッド*フォーティーシックス」とか言っちゃって、そんな時トムはテンパッチャって「ワン*ファイヴ*フォー*シックス」とか言い直したりして…。
トラブル発生の際は自分の状況を説明できず、クライアントとトムが直接話すことも稀ではなかった。

トムは他のディスパッチャーが触りたくない仕事を処理するポジションにいた。
「ディスパッチャーが触りたくない仕事」というのはライダーにとっても走りたくない仕事ということで、オーバーサイズや理不尽なメールルーム(ウエイティングタイムがかさむということ)や、その他いろいろな理由で”えー?ちょっと…”と言いたくなるような仕事をライダーに押し付ける、そんなポジションだった。
当然他のライダーからは忌み嫌われる存在で、トムからの無線が入ると速攻電源を切ってしまう人すらいた。
でも僕にとっては僕の意味不明な英語を真剣に聞いてくれる、唯一の人だった。

ただがむしゃらに走り続けて1年過ぎたある日、トムは新しい無線のキーナンバーを僕に与えた。
それはトムから少し離れたところに位置した、トムの実際のルームメイト、Erickのナンバーだった。
訳が分からないままその日からエリックの下で走ることになった。(トラブルの際は相変わらずトムのお世話になるのだけれど)
それからエリックの誘われるままに金曜の夜はSOPHIE'Sで過ごすようになった。
そこでFast EddieやHamさんやMike-DやBronx JhonやSquidやDanny君やTedやCarlosやVictorやSpawnやHoやErickや、他にも名前あげなければ行けない人がたくさん居るけれど、いろいろな人と出会い、そして酒を飲んだ。
SOPHIE'Sで先輩たちは、このリアルゲトーな業界で、ニッポンの温室育ちのドレッドロックが生き残るTipsを、優しく、優しく教えてくれた。
そして道ですれ違うときにはお互いに名前を呼び合う仲になった。

ある日の朝、エリックは「今夜何をしてる?」と訪ねた。
「Nothing…」と答えた僕にエリックは『Why don't you come to the downtown tonight?』と言って、キャナルから少し下った、ブロードウエイ沿いの、多分今はカフェになってしまっている場所の住所をくれた。
その日の夜、僕がそこで目にしたものは、結構広大なストアフロント一杯に集まった自転車と「メッセンジャー」達だった。
Metropolocoである。
そこで日本から来たメッセンジャー達に出会い、マサキが日本人だということを知り、そして自分が「メッセンジャー」というカルチャーの中にいることを知った。
月並みな言い方だけれど本当に背筋がゾクゾクした…。
その後しばらくして初めてのアーレイキャットに参加(確か4th of July)、自分の遅さに失望、コニーアイランドのMermaid paradeのレースでスキッド&トラックスタンドを初目撃して、僕は「FIXED」に乗ることを決意する。
僕のファースト「FIXED」エクスピエリエンスは実はもっと昔にさかのぼるんだけれど、それはまた別の機会に…。

さてさて、BREAKAWAYを訪れた理由は、メッセンジャー仕事にありつく目的だったのだが、今のBREAKAWAYは僕のシチュエーション、「写真活動を続けながらメッセンジャー」を受け入れてくれなかった。
今の僕は月曜日のICPのTA、そして変則的にいただけるフォトアシスタントを優先しなければならない。
ディスパッチャーやフロアマネージャーのAndyは僕のシチュエーションを理解してくれたのだけれど、オーナーのRob cochにとって僕の活動なんかどうでもいいことのようだ。
あの人はそうやって35丁目335番地の9階で引き蘢っていればいい。
雨の日も雪の日も、会社のために走っているライダーの顔も覚えずに無機質なコンピューターのスクリーンを一日中眺めていればいい。
そして一生ライダーの名前を覚えずに、ラストイニシャル+3ケタの番号で管理し続ければいいさ。
きっと人々の心はあなたから離れていくよ。
トムもエリックも、昔の懐かしい面々のほとんどは今のBREAKAWAYにはもういない…。
パートタイムのメッセンジャーは要らないという非常にシンプルな理由なので僕もシンプルにその場を立ち去った。
もう此処に仕事を求めに来ることはないだろう。

そして今日NEW YORK MINUTEの門をたたいた。

-ICPのスチューデントラウンジから。 TAK peace!
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この記事に対するコメント
いいと思う。
文章の雰囲気いいよ。
やりますか~。
とりあえず火曜日手伝ってくださいな。
【2006/10/28 04:03】 URL | toshiya #- [ 編集]

出会う前の君
metroporocoでタクヤくんに出会った時の事を思い出した。懐かしいねぇ。
あのイベントに参加した事で俺自身、人生観かなり変わったし・・・。
俺からしてみたら、タクヤくんとかマサキとかは「こいつら日本人なのにNYCでやってるよ!スゲー!」って衝撃だったんだよね。
【2006/10/28 06:46】 URL | KMSN #- [ 編集]

<tosiya君
火曜日の予習しています。
Yeah yeah yeah yeah yeah!
The reel to reel to reel to reel yo!
Copy copy copy copy copy!
pubaさん「コピー・コピー」言ってるよ?!
<KMSM君
僕の自転車人生のルーツはここNYCでそのきっかけはMetroporocoでだからCMWCみたいなイヴェントは僕にとって別世界なんです。去年参加できて本当によかった。
【2006/10/28 10:41】 URL | TAK #- [ 編集]


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